ジャスミンもフローラルノートを構成する重要な成分です。 ジャスミンと言うとジャスミンティーを思い浮かべる方も多いでしょう。そうした方々からすると、ジャスミンがフローラルノートのひとつであることには違和感を感じるかもしれません。フローラルノートは花の香りだからです。
しかし、実はジャスミンは葉に香りがある訳ではなく、花に香りがあるのです。 ジャスミンティーに使われている茶葉はジャスミンの葉ではなく、ジャスミンの花の香りを通常の緑茶などの茶葉に移したものです。その目的は、低品質の茶葉の利用です。つまり、品質の低い茶葉はそのまま飲むとあまり美味しくありません。そこで、マツリカ(茉莉花)の花の香りを茶葉に移して飲むことにしたのです。
ちなみに植物としてのマツリカは、シソ目モクセイ科ソケイ属 (Jasminum)の一種です。このソケイ属 (Jasminum)の属名からジャスミンとも呼ばれます。
ジャスミンはペルシャ語に由来する読み方です。ディズニー映画『アラジン』のヒロイン名にもありましたが、中近東から欧米では、ジャスミンは女性の名前としても用いられます。日本でも「茉莉」を女性の名前に使う例があります。
なお、ジャスミンティーのように花の香りを利用したお茶を花茶と呼び、ジャスミンティーのほか桂花茶などがあります。桂花はモクセイ属全般の花を指す言葉で、桂花茶は金木犀(キンモクセイ)の花弁を香り付けに利用した花茶です。
さて、フローラルノートの話に戻りましょう。フローラルノートとは花の香りのことでした。ジャスミンの花はやや細長い5弁の花弁からなる白い花です。夜に開花します。ジャスミンティーをよく見ると、白い花弁が混ざっていることがありますが、これは着香、すなわち香り付けに使われたマツリカの花びらです。
フローラルノートに関して言えば、ジャスミンの香りは200種類以上の成分からなります。このため、合成ではなく天然材料から抽出されます。香水の成分(ジャスミンオイル)は溶媒で抽出しますが、1トンの花弁から1リットル程度が採れるにすぎません。興味深いのは、特にジャスミンオイルに特有の成分のひとつ、ジャスモン酸メチルは、それじたい植物にとって重要な働きを持っていることです。
それは生体防御です。一般に、植物は、外敵に対して無抵抗な存在に見られがちです。しかし、植物は実は無抵抗ではありません。現実的には作物として植物を収穫する人間も、植物にとっては大きな外敵ですが、植物の最大の外敵は昆虫。植物はこの昆虫に抵抗するのです。 もっとも、植物が食中植物のように積極的に昆虫を食べるわけではありません。植物はあくまでも平和主義なので、食べさせないという戦略を取っています。
どういうことかと言うと、以下の流れになります。
まず、植物が食べられたとします。昆虫の成虫か幼虫に食べられたりかじられたりした訳です。 すると、植物は、食害部位でシステミンという物質を生産します。システミンは植物体内に広がっていき、細胞膜上の受容体に結合します。すると、その細胞はジャスモン酸という物質を生産します。
次にジャスモン酸はタンパク質分解酵素阻害剤をつくります。 タンパク質分解酵素阻害剤というのは、その名の通り、タンパク質分解酵素の働きを妨げる物質です。
タンパク質分解酵素の働きを妨げるとどうなるでしょう。 実は昆虫は食べた植物のかけらを体内で消化しています。そのときに働くのがこのタンパク質分解酵素です。つまり、タンパク質分解酵素阻害剤があると昆虫は植物を食べても消化不良になってしまいます。栄養にすることができないのです。
そのため、昆虫は、この植物は食べられないと判断して食べるのをやめます。
また、ジャスモン酸からはジャスモン酸メチルという物質も生産されます。ジャスモン酸メチルはジャスモン酸がメチル化された物質で揮発性です。つまり、蒸発しやすい物質です。
このジャスモン酸メチルは警報として働きます。食べられてしまった植物じたいと言うよりは、その周辺の植物に働きかけます。
具体的には、食害された植物の周りには同じような植物が生えていることが多いですが、これがジャスモン酸メチルを受け取ります。 一般に植物は気孔から二酸化炭素などの空気を取り込んでいます。
光合成をするためです。この際、空気中にジャスモン酸メチルが含まれていれば、そのジャスモン酸メチルも取り込むことになります。 つまり、ジャスモン酸メチルは空気を通じて近隣の植物に伝わります。そうすると、食べられた植物の体内で起こったことと同様のことが起こります。 タンパク質分解酵素阻害剤が生産されるのです。
この結果、食害された植物体だけでなく、その周りの植物を食べても昆虫はこれをうまく消化できません。そして、昆虫はそのあたりの植物を食べるのをやめ、別の場所に移動します。
この結果、食害を受けた植物だけでなく、その周囲の植物も昆虫から守られます。
フローラルノートの話からだいぶ逸れてしまいましたが、香りはこういう働きも持っています。
単に良い香りを放っているだけでなく植物にとっても重要な働きをしているのです。
フローラルノート(3) ミュゲ(スズラン) の記事はこちら↓
フローラルノートの第3はスズランです。 スズランは名前の通り鈴(スズ)のような花で、5月頃に可憐な花を咲かせます。香りは植物感のある華やかな香りです。 フランス語ではミュゲ。フランスではメイデー(5月1日)にスズランを贈る習慣があります。 スズラン自体の香りは素晴らしいのですが、実は香水中に含まれるスズランのフローラルノートは、基本的には天然物ではありません。